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作品名:名所江戸百景 亀戸梅屋敷/浅草田甫酉の町詣
サイズ:約32×89cm
素材:綿100%
日本製
ふんわり心地よい手ぬぐい
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使えば使うほど、柔らかく気持ちいいガーゼタイプの手ぬぐいです。
綿100%で、お肌の弱い赤ちゃんにも、安心してご利用いただけるほどの心地よい肌触りで、安心安全の日本製です。
一枚のガーゼを二枚重ね合わせた二重ガーゼで、広重の二作品が楽しめます。
端がしっかりと縫われていて、ほつれにくく丈夫です。
使い勝手のよいロングサイズで、ハンカチ・タオル代わりにしたり、首に巻いたり、風呂敷きのように瓶を包んだり、実用的です。
海外の方へのお土産や、ご自身の日常使い、またちょっとしたギフトにもオススメです。
作品
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名所江戸百景 亀戸梅屋敷
1857
東京富士美術館蔵
春を感じさせる、枝先で咲く香り立つような梅の花。
大胆に梅の花が横たわる構図のこの浮世絵は、江戸の時代に海を越え、ゴッホが油絵で模写したことでも有名な作品です。
(作品名「日本趣味 : 梅の花」1887)
「亀戸梅屋舗」は、かつて亀戸天神社の裏手にあった梅園です。
龍が大地に横たわったような「臥竜梅」が有名となり、第8代将軍徳川吉宗も訪れるなど、江戸で高い人気を誇る梅見の名所地、春の行楽地として大いに賑わっていたそう。
梅の向こうを覗くと、賑わう見物客も描かれていますね。
斬新で、世界から評価された傑作です。
作品
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名所江戸百景 浅草田甫酉の町詣
1857
東京国立博物館蔵
浅草田甫には、吉原で働く女性の控屋がありました。
この作品では、遊女屋の窓の格子越しに、美しい夕日と富士山が望めます。
猫が外を眺めていて、まどろむ姿に哀愁が漂っていますね。
冬の部として描かれた景色で、富士山には雪も積り、晩秋の寒々しい空に雁も飛んでいます。
窓の外をよく見ると、田んぼの畦道を、縁起物の熊手を担いで歩く人々の行列が描かれています。
当時、浅草の鷲大明神社は、毎年11月の酉の日に行われる例祭「酉の市」が最も盛大に行われる場所として有名でした。
今でも開催されている「酉の市」。
江戸の時代の賑わいが、今も続いているなんて、不思議な感覚ですね。
作家
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歌川広重 Hiroshige Utagawa(1797 - 1858)
江戸時代の浮世絵師。本名は安藤重右衛門。広重は、遠近法を用いて、雨風を感じられる立体的な描写で名所絵を描くことを得意とし、ゴッホやモネなどの西洋の画家にも影響を与えたと言われています。1831年(天保2年)、35歳で風景画家としての評価を受けたきっかけとなったのが「東都名所」。ちょうど、72歳の葛飾北斎が「富嶽三十六景」を発刊したころでした。当時、広重は教えを請うため、尊敬していた北斎のもとをよく訪れていたとも言われています。1833年、傑作といわれる「東海道五十三次絵」を生み出し、浮世絵界にてその名を不動のものにしました。62歳で永眠。当時大流行したコレラが原因と言われています。
広重は火消しだった!?
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広重は、浮世絵師としてその名が知られていますが、実は「江戸の火消し」だった、というのはご存知でしょうか。
火消しとは、江戸の消防組織とその構成員であり、今の消防士のような職業です。
広重は、江戸の八代洲河岸(やよすがし)定火消屋敷の同心、安藤源右衛門の長男として誕生。
なんと、数え13歳で、家督を継ぎました!
でも、幼い頃からの絵心が勝り、15歳で歌川豊広に入門。
そこから、浮世絵師としての人生が始まりました。
27歳で火消しの役職を退き、絵に専念するまで、両立していたと言われています。
師匠である歌川豊広から「広」の一字を受け、「広重」と名乗るようになりました。
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